年収1,000万円、30歳経理マンが語る「財務分析3.0」という考え方

会計実務

財務分析は誰のため、何のために行うのか

財務分析は誰のものか

答えは当然にみんなのものです。巷では財務分析の本が多く出ています。
わかりやすい事例を基に決算書の読み方を解説する本など、財務分析を身近に感じられる入口は沢山あります。実際にこの記事を読んだ方も財務分析に触れ合った経験がある方だと思います。
ただ、ここで一つ考えてください。”何のために分析をしていますか?”

この問いに答えられるのは監査法人勤務者か投資家がくらいでしょう。
財務分析をできるようになったとしてもその先の目的がない場合には、正直ちょっと会計に明るいくらいの人でしかないのではないでしょうか。

私も監査法人ではリスクを抽出するという観点からは財務分析には自信を持っていましたが、
組織人になってからは、財務分析の目的が曖昧になっていました。
ただ他社と比べて収益性が低い、在庫回転率が良いなど、このような分析を重ねる意味は何だろうか?自問自答の日々でした。
色々な角度から検討を重ねた結果、組織人としての財務分析の目的を見出しました。

財務分析は「企業価値最大化」を意識して行うべきである。
企業は永続的に継続していく存在であり、特に上場企業であるならば、会社は株主から預かった存在であるため、企業価値を最大化することがミッションになります。
そして、すべての財務数値はつながっているため、企業価値最大化を実現できてない場合には、それは細部に要因が生じています。
その要因を抽出するために、財務分析を行うべきであり、組織人はすべてこの意識を持つ必要があると考えます。

そのため、当記事では、企業価値を最大化するという目線でどのように企業分析を行っていくかを解説していきます。

会計、税務、経理・財務分野の派遣・紹介予定派遣なら【ジャスネットスタッフ】

企業価値最大化とは何か?

企業価値最大化とは、簡単に言えば、「会社のポテンシャルを最大限発揮し、資金を上手く使いながら、市場から最大限の評価をされる状態」と表せます。

企業価値の算出方法は色々ありますが、一番わかりやすいのは、
「時価総額」+「負債額」
で算出可能です。
「負債額」は財務レバレッジの点で重要ですがコントロール不能な点もあるため、大事なのは「時価総額」です。

時価総額は
「株価×発行済株式」
で計算されます。

発行済株式は通常コントロールできないため、「株価」が重要な要素になります。
企業が株価にこだわるのは、株価が下がると企業価値が低くなるからです。

株価について、少し詳細に解説します。
株価は株主からの期待の表れです。期待には現在の価値だけではなく、将来の期待も含まれています。この株主の期待はPERという指標で表されます。PERが高いほど、株主からの期待が高いということです。
高PERランキング↓
https://info.finance.yahoo.co.jp/ranking/?kd=9

PERは高ければいいのでしょうか?実はそんなことはありません。
PERが高いということは株主からの期待が高いということですので、もし期待に応えられない場合にはがっかり度が高くなります。株主から求められる水準が高くなり、応えられないと、事後的に株価は低下します。IPO直後にPERが高くなるのも、株主からの期待が大きいためです。
この株主からの期待を、「資本コスト」という名称で呼びます。借入を行った場合、利息を利率で払うのと同様、実際に支払わないものの株主への期待を利率で表したものです。

資本コストは以下の式で出します。

資本コスト(rE)=リスクフリー・レート(R(f))+ベータ(β)☓マーケット・リスク・プレミアム(R(p))

この中で各社でコントロールできる要素は”ベータ”になります。ベータは日経平均株価などの株価指数が1%動いたとき、個別銘柄が何%動くかを示したものです。
PERが高い企業はこの変動が大きくなる傾向にあるため、結果的に資本コストは高くなる傾向になります。
そのため、ベータを安定させるというところが会社にとっては重要になります。

ここまで、株主からの期待が資本コストであることを解説しました。
つまり、企業価値を大きくしていくためには、資本コストを上回る収益性を叩き出すことが必要になります。
まとめる、企業価値最大化には以下の2つの視点が必要です。

◆資本コストを下げる
◆収益性を上げる

従って、財務分析を行う際にはこの2つの視点を意識し、今後組織としてどのような方向に進むべきか、今将来を見据えて何をしなければいけないかを考えることにつなげていくことが大事になります。

転職で、サイトに掲載されていない【非公開求人】を活用する方法とは?

財務分析の具体的な方法 ~あるべきの視点からの分析~

財務分析の方法でよくあるのは、ビジネスモデルから会社の財務数値を予想するなどのものが多く、いわゆる財務分析の入口に関するものが多いと感じています。これは財務分析1.0と呼びましょう。

次によくある財務分析としては、利益率の比較や○○の指標が良い悪いなどの指標分析です。
これは財務分析2.0と呼びましょう。

財務分析1.0〜2.0まではいわゆる一般の社会人として身に付けたいスキルであると言えます。
多くの場合、財務分析2.0までできるとある程度会計リテラシーが身についてくるため、会計に強いと言えます。但し、財務分析2.0ができたとしても、実務に活かすためには不足であると考えます(粗利が競合と低いから改善しましょうなどの表面的な議論はできますが・・)。

そこで、ここでは企業価値を意識した財務分析(財務分析3.0と呼びます)を提言したいと思います。
難しいことではありませんが、前述の通り、企業価値を意識して分析を行うことです。

この分析を行うためには、財務分析2.0の観点に加えて、資本コストに焦点を当てる必要があります。資本コストの考え方は、財務諸表だけではなく、IRや統合報告書内での記載や決算説明会での発言から会社の向かうべき方向性を理解する必要があります。

筆者の見解では、監査法人に所属する会計士でも財務分析3.0の考え方を実践できる方は限定的であると感じていますが、考え方が浸透していけば、難しいことではないと考えています。

財務分析3.0で必要な視点

財務分析で意識したいのは、資本コストであり、資本コストは低くできれば、企業価値を向上させるハードルが低くなりります。
そのため、まずは資本コストを下げるという点を意識することが重要です。

資本コストを下げるには、前述の通りベータを下げる必要があります。
簡単に言えば、ベータが低いということは、日本経済が動いたとしても信頼して株主でいてくれる確率が高いということです。つまり株主の安定度が高いことになります。
安定度が高いということは、株主の期待が安定しているということにもなるので、その期待さえ超えていれば、企業価値は上がります。

では安定度を高めるためには、何が必要でしょうか?
最初に考えられるのが、配当だと思います。配当が高けれ、正直株価が低くても持っている価値がありますよね。ただし、何が何でも配当ができるわけではありません。

株主還元は獲得したキャッシュ・フローを基に行いますが、獲得したキャッシュ・フローから投資したり、企業の健全性のために手許キャッシュ・フローを確保しておく必要もあります。そのため、大事なのは、株主還元・投資・安全性の観点からポリシーがしっかり決まっていているかどうかが重要になります。
この点、トヨタは上記のポリシーがAnual report内のCFOコメントにおいて、適切に明示をしています。この株主との対話が重要な要素だと推測します。https://global.toyota/pages/global_toyota/ir/library/annual/2019_001_annual_jp.pdf

従って、資本コストを分析する上では、株主還元・投資・安全性の観点から同業種と比較することで、原因分析を行うことが可能になります。

一方、収益性については、多くの分析がありますが、ROEの分析ができれば良いかと思っています。収益性、効率性、レバレッジの観点から大きな目線で分析し、競合と比べることで相違が出てくると思います。必要に応じて、ブレイクダウンしていくのが良いかと思います。

ブレイクダウンの方針をわかりやすく明示しているのは、古河機械金属でした。参考に見てみてください。
https://www.furukawakk.co.jp/pdf/AR/AR2019Js_06.pdf

ここで重要な点は、財務分析を行う前に、どこがボトルネックになっているかを示すことが重要だと考えます。
例えば、資本コストが5%である場合には、5%以上の利益率を出す必要があります。
仮に今後7%を目指す場合には、ブレイクダウンしてどこがボトルネックになっていて、他社と比較した場合ベストプラクティスはどこにあるかという目線を持てれば、次に打つ施策を明確化することが可能になります。

以上を視覚化するためには下記のようになります。

各指標の考え方

<ROEの視点>

◆当期純利益率
高ければ高いほど良いです。業界の構造上で実現可能である上限はどれくらいかを考えることが重要になります。つまり、比べるべき指標は業界平均、業界大手との乖離具合です。
平均や大手と比較して今いる位置付けは妥当なのか?どのラインまで目指すべきか?の指標が必要になります。
利益率をより細分化して分析する場合には、粗利率分析、販管費比率分析、減価償却費比率分析などがあり、収益性の違いがわからない場合には、細部までブレイクダウンしていく必要があります。

◆財務レバレッジ
指標としては高ければ良いですが、高すぎても良いわけではありません。
財務レバレッジ効果は、資金を借入することにより資金を増加させ、事業の幅を広げることを意味します。
レバレッジ効果が高くなると、ROEも増加します(自己資本が小さいのに大きな利益を獲得できるため)。
但し、企業価値の最大化を考える上では、レバレッジ効果はしっかりとコントロールする必要があります。前述の通り、負債を高めるほど、レバレッジ効果は大きいですが、外部から見た場合、負債が多い=自己資本で経営しているよりもリスクが高い(仮に収益性が低い場合には返済による利息負担等の可能性があるため)という構図になります。
そのため、株主としては、無借金経営よりも求めるリターンは大きくなり、株主資本コストは増加することになります。
この点が、日本の企業が無借金経営を美徳とする影響かもしれません。

そのため、財務レバレッジ効果を高めることによるROEの増加率と株主資本コストの増加率を天秤にかけ、適正水準を明示した上で、レバレッジ効果のあるべき値を出す必要があります。
また、後述しますが、今後の投資や手許キャッシュ・フローとの兼ね合いでいくら借り入れが必要であるかも変わってきますので、財務レバレッジを意図した通りにコントロールすることは難易度が高くなります。

大手の会社、トヨタやソニー、日立などは資金の流れ(手許キャッシュ・フローの目安、成長投資のポリシー、株主還元ポリシー)を明確に開示しており、しっかりとしたポリシーがあるのではないかと推測します。

◆総資本回転率
これは高ければ高いほどいいです。
特に単一の事業を行なっている場合には、この数値を高めることがROEの向上につながります。
今日では多角化している企業が多いため、事業の特性上必ずしも回転率が高くなっているわけではありません。トヨタやソニーは資本回転率があまり高くありません。これは両社共に金融事業を行なっている影響と考えられます。貸付債権が生じる影響で資産が膨れんでしまうため、結果的に回転率が低くなります。
そのため、企業価値の最大化を考える上では、闇雲に多角化するのではなく、多角化により獲得できる収益性、鈍くなる回転率を天秤にかけた上で、判断することが望ましいと言えます。

<WACCの視点>

◆資本コスト
WACCの中でもコントロールが難しいのが、資本コストになります。
資本コストは株主の期待でもあるため、色々な期待があります。

例えば・・

「株価を上げてほしい」

「配当は安定してほしい」

「将来成長してほしい」

「優待が欲しい」

これらをバランスよく考慮することが重要になりますが、経営をする上で他にも考える点が複数あります。
但し、獲得したキャッシュを全て株主に還元できるわけではありません。COVID-19のような事態に備え、どんな状況が生じた場合でもある程度の期間企業を継続できるための、手許キャッシュ・フローのポリシーもしっかり定める必要がありますし、サスティナブルな成長を行うために5年後10年後を見据えた成長投資もしていく必要があります。

そのため、株主への還元の考え方は以下のようになります。

株主への還元余力=「獲得キャッシュ・フロー△手許キャッシュ・フロー△成長投資」

この余力部分を多くの企業が配当性向などでコミットメントしています。
配当性向を強く意識しすぎると、利益が大きく減少した場合には、配当性向が高くなりすぎる場合が生じます(配当性向をコミットメント通りに捻出できないと株主は落胆し、資本コストが上がる結果になります)。

一方で利益が少ない企業が配当性向の維持を意識した場合には、利益減少による獲得キャッシュ・フローが減少する状況でも配当を出す必要があるため、当然に成長投資が少なくなる傾向になります。この場合、結果的には成長が鈍化してしまい、中期の目線では株主の期待は低くなるため、資本コストが上昇してしまいます。

そのため、近年では配当性向だけではなく、株主資本配当率(DOE)を重視する企業も多くなっています。DOEの場合では、各期の業績の変動と成長投資へ用いるキャッシュ・フローのバランスを保つことができ、株主へのコミットもしやすくなります(資本コストを安定させやすい)。

他にも下記の条件に当てはまる場合には、自己株買いも還元策として考えられます。
・市場株価が企業の本源的価値より割安であること
・買戻し後も手元のキャッシュが十分に確保されること

どの還元策を用いるかは、会社のステージによりますが、何が資本コストを構成する要素であるかを理解した上で、キャッシュを適正に配分できるかが、勝負になります。

◆財務レバレッジ
WACCの算定は負債コストを用いますが、負債コストは格付け等により決まるため、会社でコントトロールが難しい要素を含みます。会社でコントロールできるのは、負債の額の調整です。負債の額の利用度は財務レバレッジで測ります。

超低金利の近年では、大きくの企業では「資本コスト>金利」の状況であるため、負債の利用度を高められれば、理論的にはWACCは減少します。ですが、借入が多い=リスクが高いと考えられる場合もあるため、資本コストが高まる可能性を考慮する必要があります。
そのため、やはり下記の式を意識して、いくらが負債として適切であるかを判断する必要があります。

株主への還元余力=「獲得キャッシュ・フロー△手許キャッシュ・フロー△成長投資」

先ほど、借入が多い=資本コストが高くなると述べましたが、借入の資金を自社株買いに当てることで、株主価値の最大化を測っている企業があります。それは、マクドナルド(米国)です。
マクドナルドは、一時債務超過の状況でした。理由は大量の自己株式によるもので、自己株式の資金を借入金で補っていました。このような施策を行えるのは大前提として業績が安定していることが必要ですが、WACCを最大限に低くできる施策であるため、企業価値は飛躍して向上する結果となっています。

日経に債務超過について良い記事があったため、こちらも参考にどうぞ。https://www.nikkei.com/article/DGXMZO55605220T10C20A2EA2000/

中小企業こそ財務分析3.0の視点を持つべきである

分析の過程で、日本のいわゆる大企業の中では、資本コストを意識した経営が行われていることが確認できました。
一方で、ベンチャー企業や中堅企業においては、資本コストを意識した経営があまり行われていないと感じています。
特にIPOを果たした企業は、成長性が売りであることを理由に配当を行なっていないケースが多い。しっかりとした成長投資のポリシーがあれば問題ないが、必ずしもポリシーがあるわけではなく、IPOによる資金をいくつかの投資の機会に備えて、ただただ留保している企業が多いのが現実であると言えます。

COVID-19により、内部留保が多い企業が従業員の雇用を維持でき優良企業であるかのような風潮があるが、結果論であり、企業価値最大化に寄与するものではありません。

そのため、不連続な現代をキャッシュでマネジメントできるCFOの有無の存在が今後の企業成長に寄与すると考えるが、日本企業のCFOは財務への関心の低さや、IRでの見せ方をうまくすることへの意識が強くなってしまい、本質的な株主との対話ができるCFOが圧倒的に少ないと感じています。
そのため、CFOをはじめとする財務に関連する部署の者にとっては資本コストの意識が浸透することを願い、資本コストを意識した財務分析の記事を今後アップデートしていくので、是非一緒に成長していきましょう!

事業承継・事業譲渡のM&Aプラットフォーム【MAポート】

終わりに

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
組織人として財務分析をしていて思うことは、改善施策まで落とし込めなければ、意味がないという点です。なぜならば、改善は現場主導で行なっていきますが、現場が行動するためには納得感が求められるからです。
この納得感を出すためには、全社的な企業価値最大化のストーリーが必要であり、そのストーリーを語るためには、資本コストの最小化と収益性の最大化の二側面が明確な指標になります。

従来の財務分析ではこのストーリーを意識していない点が多いため、自己満足な分析になる傾向になっていますが、この点を意識すると違った見え方があるのではないかと思います。

今後も別記事で、具体的に企業を例とした分析を行っていきますので、そちらをケーススタディの場に使ってください。

タイトルとURLをコピーしました